05.16
Sat
月吠コミックスカバーには毎回数点の詩を使わせていただいております。
今回はデザインの都合上見えにくくなっているので、こちらで紹介します。

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死ぬとらくになる、
死ぬとなにもしなくていい、
死には責任があるやうでない、
死はからつぽだ、
死は弱い、人は死んではいけない、
人は生きることだけ考へればいい。
きみは死にすら弱かつた。
だからきみに花のひとつも
そつと握らせたくなる。

ーーーーー「死」室生犀星『我友』

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きみが死んでも
やはりあひたいとは思はない、
きみも
ゆめ、あひたいとは思はないであらう。
僕らはわかれてゐた方がいい。
そののぞみはかなつた。
きみは遠くに去つた。
去つたきみには
全くの僕が掻き消えた、
きみは清々するであらう。
僕もなにか清々してゐる。
きみの感情を害はないだけでも。

ーーーーー「去る」室生犀星『我友』
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自分は何故詩を書かずに居られないか
いつもいつも高い昂奮から
火のやうな詩を思はずに居られないか
自分を救ひ
自分を慰め
よい人間を一人でも味方にするためか
ああ この寂しい日本
日本芸術のうちで
いちばん寂しい詩壇
詩をかいてゐると
餓死しなければならない日本
この日本に
新らしい仕事をするため
父母をにへにし
兄姉にうとまれ
世の中よりはのらくらものに思はれ
いつも不敵なる孤独に住み
それでゐて一日も早く
人類の詩であるやうに
わからずやの民衆を愛し
いつまでも手をつなぎ合つて
毎日毎日仕事をしてゐる私ども
善くならう善くならうとする私ども
ああ あらしが起り
波立ち
自分らの足もとを掻つさらつても
むすんだ魂は離れない
いまに見ろ
この日本の愛する人人が
私共の詩を愛せずに居られなくなる
よい暗示をあたへ
手をとるやうにしてゐるのだ
みんなで楽しみ
相抱擁し
それで初めてよい日本になりゐよう
おれだちを生んだ日本を
私は先づ讃へるのだ
そして根本から美しくなるのだ
吾吾詩人は餓死しさうで
餓死することがないのだ
飢えと寒さとは
いつもやつて来るけれど
吾吾は餓死しない
生きてゆくことの烈しさよ
おお 自分だちが詩をかくことは
生きてゆくことと同じだ
おお

ーーーーー「何故詩をかかなければならないか」室生犀星『愛の詩集』
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きみの一生はどうだつた
あけくれ
かねばかりかんがへてゐた
かねでいやなものまで書いた
だが一生は
過失ばかりではなかつた
おれは無学であつた
おれは無学だから書けた
おれのあて字は
活版工が信じて作つてくれた
こんな恥かしいことがどこにあらう
一生のかたをつけるため
やつとここまで来たのだ
一人のかたをつけるには
ざつと六十年はかかる
六十年のあひだに
その骨までしやぶつて了つたのだ。

ーーーーー「かたをつける」室生犀星『泥孔雀』
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『我友』は犀星の朔太郎、佐藤惣之助への追悼詩、追悼記を収めた書です。
国会図書館の近代デジタルライブラリーにて公開されています。
>>>こちら

よろしければ是非ご一読のほど…。

それから、詩の使用について、12話。
「なめくじのうた」が出てくる所、ネームでは「蛇のうた」でした。
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あんまり長いので
じぶんの尾もろくろく見たことがない、
春のあたたかい日にあなから出ると
長いあくびをする。
冬は長がかつたなあ、
そしてひさしぶりで野山の
きよねんとおなじけしきを見て
やれやれみんなかはらずにゐたなあといふ。
けれども木や草はだまつてゐる、
蛇はそこでゆつくりおしつこをして
さてくびをあげ
どこへいつてなにをごちそうにならうと
長い汽車のやうにあるいてゆく。

ーーーーー「蛇のうた」室生犀星『動物詩集』
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作画途中で戦前のサイパンには蛇がいなかったことに気づき、急遽なめくじに変更したのでした。
毎月結構綱渡りです。

こちらのハルコは没というか使わなかった絵です。
150516.jpg

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