04.08
Wed
す〜っかり遅くなってしまいましたが
月吠18話の前編掲載、アフタヌーン5月号発売中です。
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次回後編です。
今回何故かサブタイトルの位置が見にくいですが、
「明るみへ」これは与謝野晶子の唯一の長編小説からです。
東京朝日新聞に夏目漱石「行人」→中勘助「銀の匙」の次に連載されたもので、
前編終わりとなっているものの後編は書かれていない未完作品です。
ちょっと見にくいですけれど国会図書館の近代デジタルライブラリーで読めます。
>>近代デジタルライブラリー「明るみへ」
ただし、上記の単行本版は、初出の朝日新聞連載版とはかなり違います。
『与謝野晶子全集 第十一巻』講談社 は、初出版が掲載されています。

18話の内容については、思いっきり後編に続いているので、来月に…
で、内容とは関係ないことを。

もともと与謝野鉄幹は新詩社を率い『明星』を出し、文壇に確固たる地位を築いていました。
晶子はそこに入門してきたいわば弟子筋になります。鉄幹は妻子持ちでしたがやがて離婚し、
“白百合の君”山川登美子と晶子との淡い三角関係になりつつも、家に決められた許嫁のいた登美子が身を引き晶子と結婚。
『明星』は晶子中心に隆盛を誇ります。
白秋、啄木、光太郎、そして朔太郎らも新詩社に集いました、
が、白秋はじめ有力な若手の中で鉄幹への不満が膨らみ大量離脱します。
その頃文壇は自然主義が席巻、『明星』の浪漫主義は主流から外れてしまいます。
ちなみに啄木の日記から、この時期の晶子と鉄幹について。
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「与謝野氏は外出した。晶子夫人と色々な事を語る。
生活費は月々九十円かゝつて、それだけは女史が各新聞や雑誌の歌の選をしたり、
原稿を売るので取れるとの事。明星は去年から段々売れなくなつて此頃は毎月九百しか
(三年前は千二百であつた。)刷らぬとの事。
(中略)
噫、明星は其昔寛氏が社会に向つて自己を発表し、且つ社会と戦ふ唯一の城壁であつた。
然して今は、明星の編輯は与謝野氏にとつて重荷である、苦痛を与へて居る。新詩社並びに
与謝野家は、唯晶子女史の筆一本で支へられて居る。そして明星は今晶子女史のもので、
寛氏は唯余儀なく其編集長に雇はれて居るようなものだ!」
ーーー明治四十一年五月二日 日記(『啄木全集 第五巻』筑摩書房)
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(こういうのはあれですが、啄木の日記は本当に生き生きしていて面白いです。おすすめです。
あと日記で面白いのは山頭火…これについてはいずれ。)
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鉄幹自身もスランプに陥り、子だくさんの一家を晶子一人で支える形に。鬱屈としている鉄幹を再生させようと
晶子はフランス行きをすすめ、百首屏風を頒布したりしてなんとかその費用を捻出します。
そうしてしばらく夫婦は離ればなれになりますが、晶子が後を追ってフランスに向かうことに。
その費用の一部として、東京朝日から原稿料を前借りするために書かれたのが「明るみへ」でした。

もともとは「行人」の後(「行人」は漱石病気療養のため中断、中断期間に「銀の匙」「明るみへ」が
連載されました)に掲載される予定だったことが漱石の書簡でわかります。

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(前略)
かねて御あづかり申上候小説実は僕のあとへと思ひ其旨社へ懸合候処渋川氏在社のみぎり
与謝野の妻君に巴里から帰つたら書かせる約束をして置いたとかにて先方で四月一日頃
からの積で書いて居る由尤も小生の小説が存外早く終り、向ふの準備が思ふ様はかどらねば
大兄の分を先にするかも知れぬども左もなくば晶子夫人のを先にする事に相談相極め申候
其代り其後には訖度大兄のを載せるといふ契約を電話で取り極め候故甚だ遅れ勝にて御迷惑
とは存候へども御承諾被下度候
(中略)

追白あれは新聞に出るやう一回毎に段落をつけて書き直し可然候。ことに字違多く候故御注意
専一に候、夫から無暗と假名をつゞけて読みにくゝも候夫には字とかなと当分によろしく御混交
可然か、

ーーー大正二年三月四日 夏目漱石 中勘助宛書簡(『漱石全集 第十五巻』岩波書店)
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中勘助は漱石の教え子で、「銀の匙」を賞賛し、無名の新人ながら自分の後に連載させようとしていました。
しかし帰国した晶子が東京朝日社会部部長の渋川玄耳との(前借りの)約束で先に連載することになったと。

ところが、晶子が妊娠し執筆が困難になり(4月21日に四男誕生)
『銀の匙』前編が先に連載され、6月から『明るみへ』の連載になったのでした。
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(前略)
拝啓君の小説は小生の次に掲載する事に相成候
与謝野の細君は目下懐妊中にて執筆困難の由社へ申込候よし
回数は少々増しても構はず一回を一段と十行位にした方が読み好からんとの社員の意見に候
御意見も可有之候へども若し出来得るならばさうしたら宜しからんと存候
(後略)

ーーー大正二年三月十六日 夏目漱石 中勘助宛書簡(『漱石全集 第十五巻』岩波書店)
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(前略)
私は今度のひだちまことによろしく候てよろこび居ることに候へど目だけがあやしく、
夜は五号活字のものよみがたく、かく字も霧の中をさぐるやうにて不快に候。さて朝日新聞
にて前借いたしおき候ひし金子すなはち小説稿料に候
そのためどうしても六月一日より けいさいのものかき申さねばならぬことになり今日より
執筆いたし候。源氏の稿をこのため何とぞ本月と来月をおやすませ下されたく
かつてなることに候へど 御ねがひ申し上げ候
私のこゝろとして吉田様にも面目なく(本月原稿さし出し候はぬを)存じ申し候へど
やむをえずかゝるおねがひ申し上候。御ゆるし被下度候。なほ源氏の稿料は本月分に相当
いたし候分すでに頂戴いたし居り候ことも忘れ申さず候。
(後略)
ーーー大正二年五月二十四日 与謝野晶子 小林政治(天眠)宛書簡(『天眠文庫蔵 与謝野寛晶子書簡集』八木書店、1983)

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後半の「源氏の稿料」というのは与謝野夫妻の文学上友人のち経済的支援者の小林政治(筆名/天眠)
のもとで出版予定だった『源氏物語講義』のことで、出版できないでいるうちに関東大震災により焼失してしまいます。

こういうのを見ると、今の我々は近代文学というとそれぞれの作品集で作品を個別に読むことになるわけですが
当時はこういう生々しいやり取りを経て世に出ていたんだよなあと体感できて、嬉しくなります。
作家単位で読んでるとどうしても時代感とか横の繋がりを実感しにくいので、
以前朔太郎の『月に吠える』収録の不気味な詩も、雑誌掲載時の、他の作品と並んでいる状態を見ると
一人突出して異常だったわけではなく、そういう流れの中で生まれていたことが実感できると述べましたが。
やっぱりもっと気軽に当時の雑誌が読めるといいなあ、
大正元年に発行された作品を呼んでみよう〜とかいう本の読み方もいいんじゃないかなあと思ったりします。

ということで余談余談でした。

さて、今月、4月23日には『月に吠えらんねえ』3巻が出ます!
1、2巻よりさらに分厚くなります(お値段はそのままです)

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表紙は犀&朔です。
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よろしくお願いします〜!
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