10.14
Mon
キャラの話
その3)白(ハク)

白に関しても、朔、犀と同じようにそのキャラ設定は詳しく説明できないんですが
そのモテモテイケメン(イケメンが描けないのが残念至極で…)状態については、物語上のこと以外にもう一つ明確な所以があります。
それは「桐の花」所収の小品「ふさぎの虫」です。
(勝手なイメージ)

kirinohana.jpg

なんだかわからないけれど、昔、これを読んで「色男〜!」という強烈な印象を受けたのです。
いや、内容的には、この天才の俺様があんな女にうっかりはまってこんなことになってしまうなんてああもうむかつくぶつぶつぶつぶつ…という、
まあそのええとその…な内容なんですが
文章自体に鮮烈な色気があって。他の、有名な「桐の花とカステラ」とかには、華麗さは存分に感じるけれど色男感は感じないんですけれど…
「ふさぎの虫」はすっぴんっぽい雰囲気があるからでしょうか。白秋には珍しい一人称俺だから?
真夏、裸に汗、剃刀、鏡、鶏頭、女の手紙というアイテムの勝利なんでしょうか。
とにかく、受けた印象というのはもうそう思っちゃったんだからしょうがないと開き直るしかなく説明不能で、
「ふさぎの虫」から「色男〜!」感がどーんと来てしまったのだからしょうがないのです。
その印象によって、白さんはもてまくるようになってしまったのです。
勿論初期の官能美を極めた作風の上乗せとしてですし、人気が高かったことにもよりますし、これからもっと別の、そうなってる理由も出てくるんですが…

白秋ご本人は「桐の花」重版中に「ふさぎの虫」を「自ら快しとせぬから」削除して、生前はそのままどこにも収録しなかったようです。
本人が抹消してしまったものを第一印象にもってくるというのもひどい話ですが、いやまったく、申し訳ないです。
どうも私は拾遺詩篇(作者本人が詩集に収録しなかったもの)や草稿に惹かれるものが多くあります。
1話で出てくる朔太郎の詩も、多くが未発表詩篇です。

それで「ふさぎの虫」は「桐の花」単体だと、版によっては(四版以降?)収録されていません。
ほるぷ出版の復刻版は初版を元にしているので入っています。あとは『白秋全集 6』岩波書店 です。

白秋は知名度と本の読まれてなさの落差でいったら近代文学者でもかなり上位なんじゃないかと、勝手ながら、思っています。
「童謡のおじさん」というのが一般的なイメージだと思うんですが…
未読の方は機会があれば全部読んでみていただきたいです。なんというか、この詩集、この歌集じゃなくて膨大な作品群
その作風の変遷も含めて白秋という気がするのです。
同時代の評論などでは「軽い」とか「中身が無い」とか「古くさい」とか「技術だけ」とか散々な叩かれ方でなんだかこっちが落ち込んでしまうんですけれども…
(朔太郎は中身が無いんじゃない見えないだけだとかばってますが)
つまるところ「近代精神がない」というのが批判の主なところだと思われます。
しかし「近代精神がない」からこそ白秋は国民詩人たりえたし、永遠性を獲得しているとも思うわけで…。
思想ではなく感覚で満たされた白秋作品への理屈抜きの共感、それこそがポエジーなんじゃないかという気がします。

ところで、白さんのキャラ造形のもひとつの要素として、白秋作品から感じる「得体の知れないこわさ」というのがあるんですが
長くなってきたのでそれはまた後の機会に…。

あっ
白秋散文でいうと青空文庫にもある「フレップ・トリップ」が抜群に面白いのでぜひ!あの言葉の跳ね具合、陽光の明るさはただごとではないです。
珍しい、啄木の回想なんかもあったりします。
小説になると、与謝野晶子同様う…うん……ということになってしまうんですが、「よぼよぼ巡礼」好きです、自虐が炸裂していて。
back-to-top