12.16
Mon
まず、↑の「感想を送る」からメッセージ送ってくださった方々…届いています、ありがとうございます!
本当にひとつひとつお返事できないのが心苦しいです。
励みにさせていただき、頑張って描くことでお返しできたらと思います。
一点、このブログ、拙作を通して近代詩歌句作品に触れていただければ…という願いが走るあまり、
調べてくれ読んでくれという話題ばかりで押し付けがましく思われるかもしれません。
勿論元の作品を読んだことがなくても楽しんでいただけているというのはものすごく嬉しいことですし、
元作品をたどらないという楽しみ方を否定するものではありません。
受け付けない方も多い漫画であることは自覚しているので、どのような形であれ楽しんでいただけている方にはもう本当に本当に感謝しているのです。
それだけ伝えさせてください。


それではキャラについて/ぐうるさん
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草野心平といえば蛙の詩以外も勿論素晴らしい詩をたくさん残しているのですが…
あんまり「蛙」が好きなもので蛙になってしまいました。
「るるる葬送」「ヤマカガシの腹のなかから仲間に告げるゲリゲの言葉」「おたまじゃくしたち四五匹」
とか、嫌いな人いないでしょう。タイトルだけでくるでしょう。と思ってしまいます。
「しまったと今でも思う」なんて最初の一行から最後の一行まで全部好きです。
詩の門外漢だった私にもわかりやすくああ良い!と思える詩でした。
繰り返し繰り返し、死んで、殺されて、もやもやとまた生まれてくる蛙達。

ぐうる、という名前は色々苦心の末です…

そういえば2話のぐうるさんが死ぬ場面は、野暮な説明をしてしまうと、草野心平の蛙詩と同時に朔太郎の「蛙の死」(『月に吠える』所収)のイメージもかかっています。
とかく蛙は子供達に(ここではチューヤくんでしたが)残虐な目に遭わされる標的にされがちですが
最近だとそういうことはないのかも…。
蛙に関してはひとつ強烈な記憶がありまして。
これまた現在ではやっているのかどうか…?な、中学時代の蛙の解剖実習のときです。
私はその時たまたま生物係で、解剖後の蛙の死体を埋めに行くよう言われました。
10匹ぐらいはいたように思います。
それが、はい手を出してと両手を出して、その上にアルミホイルを一枚ぺっと乗せて、
蛙の死体をどばっと乗せて、上にアルミホイルをまた一枚ぺっと乗せただけというワイルドな状態でした。
勿論アルミホイルからは蛙の手だの足だのがでしゃばっています。
その状態で、休み時間の廊下を一人歩いて行き(でも別に騒がれもせず)、次の時間少し遅れてもいいからと言われていたので
静かな校庭の隅で一人もそもそと蛙を埋めていたわけです。思春期心がくすぐられる情景です。
そのもよよーんとした蛙10匹ほどの死体の感触、その印象がいまだに残っていて
3話のゲッゲッゲッの絵にそのまんま現われています。
意識して描いたわけではありませんが、見直すとあの記憶とリンクしてできている絵になっていました、
勿論、心平、朔太郎の詩を読んで思い出した、ということでもあります。

今だとうっかり問題になりそうですが
こうして昇華されることもあるのでワイルド教育も悪いもんじゃないです。

思いっきり個人的な思い出話になってしまいましたが、草野心平の詩を読んだことがない方、ぜひ!とてもいい時を過ごせますよ!と結ばせていただきます…

あっ結んではいけませんでした。
3話で朔がぐうるさんと「将棋やろー」と誘っているのは、草野心平『私の中の流星群』(新潮社,1975 新編は筑摩書房,1991)
の中のエピソードからです。
朔太郎が昭和年間前橋に戻ってきたころ心平は上毛新聞社に勤めており、交流がありました。
心平は中原中也らと共に『歴程』を創刊し、生前の宮沢賢治を評価・紹介した数少ない人で、光太郎智恵子とも交流のあったこれまた数少ない人です。
そのうちチューヤくんとあの人とあの人と酒を飲む場面は出てくるのかどうか…?

あっ(Twitterを見ました)
アメージングゾーンの絵といえばそういえば清家ブログの方にアップしてあったこれはアメージングゾーンの没絵だったんです。
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※前回の扉絵といい、没没と言っていますが、没にされたということではなく私が自分内でこっちやめた。と没にした絵です

実際載った絵は…描いていた時は夏だったんですが、実際載るのは秋だという基本的なことをすっかり忘れた絵でした。
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