12.25
Wed
メリークリスマスな本日25日、アフタヌーン2月号が発売です。
「月に吠えらんねえ」4話掲載されています。よろしくお願いしますーー!
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大きすぎました

アフタヌーンは先月号から電子書籍でも配信されています。
http://afternoon.moae.jp/page/aftd
なんだか今月まだ家にアフタヌーンが届かないので私も電子書籍で買ってみました。普通のPCで見られるやつです。
ベタの感じとか全然違うものですね!これはこれで!
紙の本とうまいこと併存していけたらいいのになあ〜〜〜


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4話は犀が主人公というか犀目線です。犀、朔、白に絞り込んだ回です。
内容についてはまた後日…。また後日だらけですが…。
今までとは違った雰囲気で、自分で言うのはあれなんですが、後から月吠全体を見たときに
重要な回になるんじゃないかななんて思います自分で言うのはあれなんですが…

さてクリスマスもへったくれもなくただ今私は盛大に風邪をひいておりまして、
少し前にもひどいのをやったからもう今年はないかなと思ったらまた別のタイプのを頂戴致しまして、
でも休んでられないから強制起動してるんですけれども、
風邪で一ヶ月寝込むといえば朔太郎先生です。
もともと虚弱体質で、『月に吠える』収録の詩編の制作期にはとりわけよく寝込んでいらっしゃいました。
つまり人間具合が悪い時にはいいものが描けるのかもしれないのです。
そう言い聞かせて今日も、
12.16
Mon
まず、↑の「感想を送る」からメッセージ送ってくださった方々…届いています、ありがとうございます!
本当にひとつひとつお返事できないのが心苦しいです。
励みにさせていただき、頑張って描くことでお返しできたらと思います。
一点、このブログ、拙作を通して近代詩歌句作品に触れていただければ…という願いが走るあまり、
調べてくれ読んでくれという話題ばかりで押し付けがましく思われるかもしれません。
勿論元の作品を読んだことがなくても楽しんでいただけているというのはものすごく嬉しいことですし、
元作品をたどらないという楽しみ方を否定するものではありません。
受け付けない方も多い漫画であることは自覚しているので、どのような形であれ楽しんでいただけている方にはもう本当に本当に感謝しているのです。
それだけ伝えさせてください。


それではキャラについて/ぐうるさん
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草野心平といえば蛙の詩以外も勿論素晴らしい詩をたくさん残しているのですが…
あんまり「蛙」が好きなもので蛙になってしまいました。
「るるる葬送」「ヤマカガシの腹のなかから仲間に告げるゲリゲの言葉」「おたまじゃくしたち四五匹」
とか、嫌いな人いないでしょう。タイトルだけでくるでしょう。と思ってしまいます。
「しまったと今でも思う」なんて最初の一行から最後の一行まで全部好きです。
詩の門外漢だった私にもわかりやすくああ良い!と思える詩でした。
繰り返し繰り返し、死んで、殺されて、もやもやとまた生まれてくる蛙達。

ぐうる、という名前は色々苦心の末です…

そういえば2話のぐうるさんが死ぬ場面は、野暮な説明をしてしまうと、草野心平の蛙詩と同時に朔太郎の「蛙の死」(『月に吠える』所収)のイメージもかかっています。
とかく蛙は子供達に(ここではチューヤくんでしたが)残虐な目に遭わされる標的にされがちですが
最近だとそういうことはないのかも…。
蛙に関してはひとつ強烈な記憶がありまして。
これまた現在ではやっているのかどうか…?な、中学時代の蛙の解剖実習のときです。
私はその時たまたま生物係で、解剖後の蛙の死体を埋めに行くよう言われました。
10匹ぐらいはいたように思います。
それが、はい手を出してと両手を出して、その上にアルミホイルを一枚ぺっと乗せて、
蛙の死体をどばっと乗せて、上にアルミホイルをまた一枚ぺっと乗せただけというワイルドな状態でした。
勿論アルミホイルからは蛙の手だの足だのがでしゃばっています。
その状態で、休み時間の廊下を一人歩いて行き(でも別に騒がれもせず)、次の時間少し遅れてもいいからと言われていたので
静かな校庭の隅で一人もそもそと蛙を埋めていたわけです。思春期心がくすぐられる情景です。
そのもよよーんとした蛙10匹ほどの死体の感触、その印象がいまだに残っていて
3話のゲッゲッゲッの絵にそのまんま現われています。
意識して描いたわけではありませんが、見直すとあの記憶とリンクしてできている絵になっていました、
勿論、心平、朔太郎の詩を読んで思い出した、ということでもあります。

今だとうっかり問題になりそうですが
こうして昇華されることもあるのでワイルド教育も悪いもんじゃないです。

思いっきり個人的な思い出話になってしまいましたが、草野心平の詩を読んだことがない方、ぜひ!とてもいい時を過ごせますよ!と結ばせていただきます…

あっ結んではいけませんでした。
3話で朔がぐうるさんと「将棋やろー」と誘っているのは、草野心平『私の中の流星群』(新潮社,1975 新編は筑摩書房,1991)
の中のエピソードからです。
朔太郎が昭和年間前橋に戻ってきたころ心平は上毛新聞社に勤めており、交流がありました。
心平は中原中也らと共に『歴程』を創刊し、生前の宮沢賢治を評価・紹介した数少ない人で、光太郎智恵子とも交流のあったこれまた数少ない人です。
そのうちチューヤくんとあの人とあの人と酒を飲む場面は出てくるのかどうか…?

あっ(Twitterを見ました)
アメージングゾーンの絵といえばそういえば清家ブログの方にアップしてあったこれはアメージングゾーンの没絵だったんです。
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※前回の扉絵といい、没没と言っていますが、没にされたということではなく私が自分内でこっちやめた。と没にした絵です

実際載った絵は…描いていた時は夏だったんですが、実際載るのは秋だという基本的なことをすっかり忘れた絵でした。
12.13
Fri
3話の扉絵没ラフです。
扉絵没はその回の内容で考えるから他に流用できない、ほんとの没として消えて行くので供養です。
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私は一枚イラストが非常に苦手で、毎回扉絵には困らされます。
困らされるんですがなんとなく付けたくて、秒速の頃から大体付いています。一話完結ではないけれど一話単位を重視ぎみだからかもしれません。
3話は雨というのだけは頭にあったようです…
4話は全然違う絵の予定だったのが土壇場になって変更しました。
今は5話の扉絵に、珍しく明確に描きたい絵が2つあってどっちにするか迷っています。

非常に簡単な更新でした!
12.10
Tue
3話で二人に嫌われている白さん。

まず2話から続いているミヨシくんの白さん嫌いについてです。
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これは三好達治の著書『萩原朔太郎』での白秋のこきおろしっぷりに端を発し
「三好の白秋嫌い」は一種の通説になっていたようで論文や解説書でしばしば見られます。
そのこきおろしぶりは是非『萩原朔太郎』を読んでみてください…

以前も書いた、『三好達治全集 第五巻』筑摩書房、1964年 にのみ収録っぽい「脱俗に徹した"息子”ー萩原朔太郎先生を懐ふー」の中で
三好が朔太郎に白秋宅に連れていかれた回想等もあるんですが、そのあたりも、ほんと嫌いなんだなあ〜というのが伝わってくるいい〜文章なので是非読んでいただきたいです。
朔太郎が何かの文章で白秋を「北原君」と書いてしまって、呼び出されて「君」とは失礼じゃないかと叱られた(と三好に話した)というエピソードも書かれています…

「嫌い」の理由としては時間的にもう白秋が魅力じゃなく反発の対象になる時代だった(「詩人の境地」『現代詩読本7 三好達治』思潮社、1979年)
という作品としての他に、人物として、白秋の口づから朔太郎に対する理解と同情と同感とを欠いているのが認められた…と『萩原朔太郎』にて遠回しに書いているんですが
具体的には三好が「白秋から『月に吠える』の序文はいいかげんに書いたという意味の言葉を聞いた」と語っていたそうで(伊藤信吉『萩原朔太郎 1 浪漫的に』北洋社、1976年)
伊藤氏は酒席での放言だろう、としているんですが、どういう状況だったにせよその一言が「萩原思い」by犀星 の三好にとってはかなり決定的だったんじゃないかと思われます。

あとは帝大卒業後、白秋の弟、鉄雄氏経営の出版社アルスに就職していたのが経営不振で退職となってしまって、それが原因で朔太郎の妹アイさんとの結婚がかなわなかったのは…関係ないかなあと穿った見方をしてしまいます。
が、この件についてはまた後日。
アルスに関しては、その後翻訳の仕事を請け負うんですが、原稿料がなかなか支払われなくて、白秋に催促の手紙を送ったら直ちに振り込まれるとともに「今後こういったことをこちらに言ってこないでくれ」と返事が来た
という話を「貧生涯」(『三好達治全集 第九巻』)で書いています。 

著作から想像を膨らませるって、こういうのもあるわけで甚だその…アレな漫画だなあと改めて思います…

モッさんの白さん嫌いについて。
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白秋と茂吉はもともとはかなり親しい時期もあり白秋も「アララギ」に寄稿したりしていたのですが、
茂吉の洋行中に編集主任島木赤彦と白秋との間に激しい論争が起こり、以後アララギとは対立関係にありました。
アララギびとである茂吉とも疎遠になり、二人が7日のノートで記した「北原白秋君を弔ふ」にあるような親しい会合を持てるのは
白秋の亡くなる二年前、昭和十五年になってからでした。
その間白秋が『日光』『多磨』でアララギ批判、子規批判を書くのに対する茂吉の反発が『斎藤茂吉全集』岩波書店 六巻七巻十二巻十四巻にいくつかあります。
一部引用すると、
::::::::::::::::::::::::::
白秋君は、門人から、『白秋先生の偉大な全人格』とか、『大白秋精神』とか、『大詩聖白秋』とか、
『芸術の父、詩歌壇の救世軍主』などと云はれて、それでも少しく気が引けると見え、
『感激が節度以上に弾んだと思ふ箇所は、その直情は真実であるにもせよ、よそ目も如何と思はれるので
削除するように下命した。身うちが親爺のことをあまり馬鹿褒めするものぢやないよ』などと云つてゐるが、
さうはいふものの内心大に悦に入つてゐることが、削除した残りでこれ等の形容詞がついてゐるのだから、
先ず推測することが出来るといふものである。
(「童馬雑記帳」『斎藤茂吉全集 第六巻』岩波書店)
::::::::::::::::::::::::::
こんな感じのねちねちと面白い文章なんです。いかにも茂吉という感じの。
ただ、いずれも白秋生前は発表しなかったので(「コレハ発表見合ハスベシ、白秋ハ弱虫ナレバナリ」の注釈付きで)
白秋が自分が茂吉に嫌われてることを知っていたかどうかは…??
白秋の甥である山本太郎氏の、茂吉が白秋通夜の席で遺体の前に座り込んだきりううむ、とかうーん、とかぶつぶつ唸って長い間その場を離れなかったという回想(山本太郎『言霊ー明治・大正の歌人たち』文化出版局、1973年)、
罵倒文を書きためていたのに本人に伝えられないまま先に死なれてしまったあたり、この二人の関係は面白いなあと思います。これぞライバルという感じがします。
12.08
Sun
ちょっと雑にも程がありますが…

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12.07
Sat
今日12/7は与謝野晶子の誕生日です。

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原稿が切羽詰まってくると更新が止まるこのブログですが
現在月の大半は切羽詰まっているので更新できる日が非常に少なく…忝いです。
切羽詰まりすぎて3日の種田山頭火の誕生日もスルーしてしまいました
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Twitterで小ネタ(ネタ、という言い方はどうかと思うんですが他にうまい言い回しが見つからず、申し訳ないです)の話が出ていましたが
一体どこまで伝わっているのか全くわからないんですが、どうなんでしょう。
こちらからここにあれがあれはこれでと説明するのも不粋ですよね…
これってこれでしょうというの、気づかれたら教えていただけると嬉しいです。
アサオの家についてはチカシ=古泉千樫、アサオ=原阿佐緒でいけるでしょうか。
あ、3話でいうと伝わらないかなと思ったのの一つ、白さんガールズが「ハァさん」と呼ぶというのは茂吉の
「そのうち老妓一人来てしきりに白秋君の久しく見えぬのを責めてゐた。白秋君のことをハアさんハアさんと呼んでゐるのも私には珍しかつた。
この芸者がもつともつと若かつたころからの馴染で、感慨無量の話が続出した。」
(「北原白秋君を弔ふ」『斎藤茂吉全集 第七巻』岩波書店)
からきています。
ここには出ていませんが茂吉の白秋回想というか罵倒は面白くて、ミヨシくんの白さん嫌いと合わせてまた後日…

伝わらない小ネタで思い出したミッチーの話です。
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以前コミカライズを担当させていただいた「秒速5センチメートル」1巻で明里ちゃんが歌っている合唱曲、
原作には無い場面なので何の曲にしようかなあと、なんとなしに立原道造の「夢みたものは」を選んだんです。
この時はミッチーというキャラを描くことになるなど全く考えていませんでした。
そして前作「まじめな時間」のタイトルは、どういう意味?と疑問をもたれた方もいらっしゃるようで
勿論それぞれに解釈していただいたそれで正解なんですけれども、
私がこのタイトルにしたのはネームを描いてたらなんとなく思い出したリルケの詩「Ernste Stunde」からで、これを意訳しました。
その繋がりで、作中で蘭子が「マルテの手記」を読んでいます。
これこそ誰にも伝わらなかったであろう小ネタです…
それで、日本語訳だと「厳粛な刻限」「厳粛な時」などと訳されているものしか知らなくて、かぶらないようにひねり出したのが「まじめな時間」
だったんですが、その「まじめ」連載中に「月吠」の話が突然できあがって、
そしてまじめ連載終了後すぐに「月吠」ネームに入り、立原道造全集を読んで
道造がこの詩を「真面目な時」と訳していたことを知りました。
こちらも全くの偶然…だと思うんですが、立原道造全集自体は十年以上前に読んだことはあったわけで
頭の隅に残っていた可能性もなきにしもあらず…

せっかくなので、立原翻訳版のものを引用させていただきますね。
:::::::::::::::::::::::::

真面目な時

今どこかで世界のなかで泣く人は
理由もなく世界のなかで泣いてゐる人は
あれは私のことを泣いてゐる

今どこかで世界のなかで笑ふ人は
理由もなく世界のなかで笑ってゐる人は
あれは私のことを笑ってゐる

今どこかで世界のなかで歩む人は
理由もなく世界のなかで歩いてゐる人は
あれは私の方へ歩みよつてゐる

今どこかで世界のなかで死ぬ人は
理由もなく世界のなかで死んで行く人は
あれは私の方を見いつてゐる

『立原道造全集 第四巻』角川書店

:::::::::::::::::::::::::
ものっすごい個人的な「あっ」ですけれども
立原道造には二回「あっ」と思わされた、とそういう非常になんでもない話でした…

なお全くの余談ながら、私の一番好きな詩人外国部門はリルケ…ではなくツェランで
読めもしないドイツ語で読もうと、辞書をひきながらうんうんしていた思い出があります。

明日ぐらいに久々に番外編を更新できたらと思います。
そうそう、11月1日と2〜3日のTwitterの限定アイコンだったものです。
すさまじいやっつけ感ですが…朔の方の色使いからは切羽詰まった時期の精神状態が露に…。
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